Copyright-free materials

もし、反AI派が喜びをもって主張するように、「AI生成物には著作権が生じない、そのような判例がアメリカで出た」というのであれば、それは逆に恐ろしいことなのではないか。なぜならば、(人の手による支援やチューニングを完全に排除して)AIで生成されたものに著作権が生じなければ、原則的にはいくらでも使い放題になってしまうからだ。もちろん、現行法における制約はそのまま残る。例えば既存の著作権で保護された創作物に似過ぎている(著作権)とか、自分の作ったものを他人による作品であると騙る(詐欺罪や不正競争防止法)とか、そういうことはできない。特許や商標、意匠、契約などの別の制度に基づく保護は変わらず適用される。しかし、アイデアや画風といったような、著作権で保護されないものについては、対処が難しい。つまり、世に出た瞬間、実質的にパブリックドメインへ置かれるようなものだ。それはむしろ、人間の創作者たちにとって都合が悪い事態ではないか。つまり、著作権法による保護は得られなくても——あるいは保護や制約がないがゆえに——自由に流通させることができる。AI利用者たちは、著作権による保護の恩恵は受けられずとも、自分の作成した物を流通させることができるし、もしかしたら著作権、著作者人格権とは別の枠組みで、自身が作り上げたことを証明するシステム——たとえばブロックチェーンを利用したような——を組み上げてしまうかもしれない。著作権が生じようが生じまいが、生成することはできてしまうのだから。

著作権が万能ではないことは他の例を挙げることができる。昔ブログに書いたのだけれども、オープンソースの概念をハードウェアへ持ち込もうとすると、ハードウェアは自動的に著作権法における著作物扱いとならない、ゆえに著作権法に立脚するライセンスは無効である、という言い訳ができてしまう。この記事の後、CERN OHLv2が公開されたけど、設計ファイルに著作権が生じ得るという立場に依存することは変わらない。ハードウェアを作る設計ファイルに著作権が生じるかいなかに争いがあるのだから、設計ファイルに著作権が生じなければ、ハードウェアには争いなく生じないので、ライセンスをenforceする法的根拠ができない、という理路がありうる。著作物としてみなされないものに対する保護とはかようにか細いものなのだ。

何かを願うなら、正しく願わなければならない。

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