VersaPro E Series Type VR
The Most Important Thing
2026-11-30で保証が切れるため、保証期間はこの記事を書いている時点から実質的に2ヶ月強しかない。
私の買った個体について、保証書には「出荷年月 2025年10月」「保証期間 ご購入日から1年間又は(2026年11月迄)」と書かれている。おそらくは発売から5年で保守対象から外れるということだと思われる。購入から1年以内であっても、保証期間が終了するので注意。だからこそ投げ売りされている、とも言える。
本文
VersaPro Eシリーズ タイプVRは2021年に発売された、教育用途機をベースとする2-in-1ラップトップPCである。Intel Celeron N5100 (4C/4T)、RAM 8GB、eMMC 64GB、重量は11インチクラスにもかかわらず1.3kgほどあり、画面もIPS方式のマルチタッチディスプレイではあるものの1366×768という令和にあるまじき低解像度と、貧弱にも程があるスペック。
一応、いいとこ探しをすると、最近のChromebookでよくあるIntel N50とほぼトントンのCPU性能があり、RAMは多め、ディスプレイも視野角が広い。キーボードは不自然ではないJIS配列で、物理的なフットプリントは小さい。教育用途機がベースなので頑丈さには期待できる、あたりだろうか。
Windows機として運用するには性能が低く、特に更新すらできなくなるくらいにストレージが小さすぎる。正直に言って、買ってきたものはそのままで使いたいであろう、まともな人間が買うものではない。しかし、そんなマシンがアマゾンで2万円を切って販売されていたのを見て、私はまともな人間ではないので買ってしまった。一応言い訳をしておくと、多少の勝算はあった。想定する用途はテキストエディタとあとはせいぜい動画鑑賞。なので高解像度はすごく重要というわけではない。ストレージの問題は、すぐにLinux化するつもりだったのであまり気にしていなかった。どちらかというとLinuxの互換性を心配していた(かつてLavie Direct PMで痛い目を見たので)。が、YouTubeにアップロードされている数少ない動画の一つに、Ubuntuでバッテリ残量が表示されているのを見つけた。あと、ほぼ同じ筐体でChromebookがラインナップされていたことも、弱い後押しとなった。これらの状況証拠から、Linuxで動かすことはきっと大丈夫だろうと判断し、購入に踏み切ったわけだ。
UEFIを開けばFn-Ctrl SwapやF1-F12を主機能に設定することができるのでご安心を。(無駄だとは思うけど)NEC恒例の一度だけしか作成できないリカバリメディア作成を行った後、Debianをインストール。FedoraにしなかったのはこのマシンがJasper Lake世代のCPUだから。この世代はx86-64-v2に分類されるため、CERNがDebianに移行した理由がそのままあてはまるのだ。FedoraはRedHatでもCentOSでもないにしても、方針は近づいていくかもしれない。デスクトップ環境はGNOMEを選択。使い慣れているKDEや、リソースが節約できるXfce4、LXQtにしなかったのは、一応このPCが2-in-1であり、タブレットモードにスムーズに移行できそうなのはGNOMEだけだったからだ。バトルというほどのこともなく、他のPCと同じくらいスムーズにインストールできる。
起動時、dmesgにはなんらかのエラーが出ているけど、バッテリは残量含め認識されてるし、Fnキーを組み合わせるキーボードショートカットも動作する。縦横認識も、タブレットモードにしたときのキーボード無効化も、タッチスクリーンも動く。動画再生も音声出力も大丈夫だ。とりあえずの問題は生じていないように見える。キーボードは安っぽいけど、キーピッチはそれなりに確保されているのでミスタイプは少ない。VSCodeなどのアプリをインストールしても消費は20GB程度で、まだ30GB程度の余裕はある。Firefoxで1タブだけ開いて、動画再生しながらVSCodeで日本語入力しているとき、RAMは7.5GB中5GB程度の消費。4GBだと破綻していたのでギリセーフ。バッテリの保ちは、そこまで良くはないかも。バックグラウンドで動画再生とか欲張らなければ5時間くらいだろうか。
ASUS C100PA ChromebookをcroutonやArch Linux ARMで運用していたころを思い出す。あれはあれで楽しかった。C100PAと比べると、VersaProは重いし安っぽい、省電力性能でも負けるけど、それでも性能的な優位性はあるし、これだけのスペックがあれば用途を限定すれば使えないこともない。馬鹿と鋏は使いよう、破れ鍋に綴じ蓋、置かれた場所で咲きなさいということか。