“現実”を現実にできなかった
職場で飲み会があり、そこでは当然既婚者の方もいるので、家族のことや家のこと、将来設計の話なんかが出た。それは彼らにとっては当然のことで、非日常でもなんでもないただの日常の、身近なことに過ぎない。その一方で、そのような話を物語や報道でしか見聞きしない、いわば実在しないものだと感じている私がいた。私が毎日Twitter / Xやはてなブックマークでインターネット上のもめごとを流し込まれている一方で、恋人が可愛いとか、配偶者が素敵とか、わが子が可愛いとか、家選び難しいとか、そんなことを日々考え感じているのだ。それなら、私の人生は一体なんなんだ。私は人生を誤った。もう取り返しはつかない。それもこれも、すべて私の選択によるものでしかありえないのだから、自分の責任だ。このつまらなくて価値のない人生の。
全然関係ない話に飛ぶけど、R-18 ASMR音声の耳舐めとか水音とか、人の声以外の要素で興奮するのって、実際に経験した人じゃないと無理じゃないか? といつも思う。みんなそういう経験をしているからこそ、そういう作品を 実用 できるんだろうか……(この話ここでする必要あった!?)