終末によろしく

平和な時代の終わり。日常の終わり。世界の、人生の終わりってこんなふうに来るんだなと、思う。余命宣告を下された時というのはこういう気持ちなのだろうか。

ホルムズ海峡が実質的に機能しなくなって数週間が経過した。 中東の石油インフラは現実に破壊されてしまった。中東の複数の石油化学プラントがドローン攻撃で破壊されたと報道が出ている。修復できるとしても数年はかかるし、それがなされるとも限らない。危機以前の状態への復帰は数年間は起こらないし、迂回ルートが最大限利用できたとしても供給量は大幅に不足する。ナフサにしろエチレンにしろ、輸入しようにもアジア各国は同じ状況だ。個人や企業や国家で備蓄しようとも、複数の地域で同時に原油や化成材が不足するなら、いくらバッファを持たせても輸入はできず補充は来ない。国外流出を食い止めようとどの国も対策するからだ。燃料備蓄も実際には200日以上ではなく100日未満しかないという報道もある。停戦どころか、アメリカは上陸作戦を準備中で、イスラエルも攻撃をやめることはない。イランは攻撃され続ける限り封鎖を止めない。かつてのオイルショックは値上がりしただけで供給は止まっていないし設備も破壊されていない。財政面、化学製品への依存度、自給率、どの観点で見ても50年前とは違う。第二次世界大戦時とは人口も自給率も違う。

メディアの報道が言ってることが正しいなら、私の知っている世界の終わりが数カ月先に来る。石油化学が止まれば現代社会のあらゆる物が作れなくなる。いくら電力供給や燃料があろうが、油脂や樹脂や溶剤がなければ生産も輸送も行えない。それらを設備でも材料でも使わない産業は現代においてあり得ない。食料があってもそれを需要家へ届けることができない。工場だけでなく農業や漁業ですら機械が停止する。作付けも漁もできないので当然自給率は下がる。発電機も飛行機も船舶も潤滑できなければ動作できない。輸出入も止まる。梱包できなければ出荷もできない。エチレン供給停止で医薬品だって手にはいらなくなる。たとえ薬自体は作れても、その周辺資材や物流が途絶えることも容易に起こりうる。医療用品も供給が止まり治療も手術も投薬も止まる。すでに複数の基礎的な物資——エタノール、エンジンオイル、グリース、溶剤など——は手に入らなくなっている。一部の歯科医では予約の延期要請がでているらしい。サプライチェーンの何処かが途切れたらカスケード的に停止する。そして、化学業界団体は現状で原油輸入が再開されない限り、工場の稼働が4月末までしかもたせられないと公式に表明している。数カ月後にはサプライチェーン下流も在庫が払底する。今は在庫でしのいでいるだけなのだから、部分的復旧がなされたとて、それはただちに今よりも良くなるわけではなく、在庫切れになったらむしろ今より悪化する。

そんな世界で生き延びる方法はほとんどない。なぜなら、そのような状況では現代社会は維持できず、多数の死者が出るからだ。食料の備蓄でさえ数日から数週間をしのぐためのものでしかあり得ない。事態がここまで悪化した時に、それを緩和する個人で実行可能な方策はほとんどない。グローバルマクロの変動に個人は逆らえない。それどころか企業にも国家にも、備えられることは殆ど無い。すでに壊れてしまったもの、止まってしまったもの、大域的な流れに、個人で対抗できる範囲なんてたかが知れている。完全な途絶が生じなくても、クリティカルパスが一つでも深刻な不足に陥れば社会はカスケードで停止する。医者の麻酔も手袋も、飲んでいる薬も、数ヶ月後にはもうないかもしれない。電車も自動車も動かず、スーパーの食料も深刻に不足する。資産を溜め込もうが、数カ月後物資が手にはいらなくなった後にいったい何を買うのだ。物不足の前では貨幣などただの紙切れ、数字にすぎない。

もう私達は氷山に気づいたタイタニックの乗員乗客だ。どんなに叫んでも祈っても巨大な船は急には止まれないし曲がれない。衝突も、沈没も、避けることはできない。中には生き残る者もいるかもしれないけど、苦しみの訪れは先に見えている。危機は実際にそこで起きてしまったのだ。それを否定することはできない。この想定はすでに最悪シナリオではなく、メインシナリオだ。最大限明るいシナリオでもせいぜい現状維持でしかない。首相や政権が変われば、個別交渉すればどうにかできるというものではないのであれば、打つ手はないということになる。それならもう政府への働きかけや外交云々以前に、もう終末が来るのを待つだけなのでは? 深刻なエナジー危機、物資不足、多数が死に絶える状況は、たとえ人類滅亡でなくとも、終末と呼ぶにふさわしいものになるだろう。この国の少なくない人々が一気に残り余命半年くらいになり、多くの人々が飢え苦しむ未来になってしまったのだから。たとえ供給制約で直接死亡するのではなくとも、供給制約で困窮し苦しむことはかなりの確率で起こるだろう。

リーマンショックや大恐慌、世界大戦のようなことが起きたら、世界中みんなが破局的になるのだから、それを心配してもしょうがない、という考え方であって、それらが起こらないということを言っているのではない。実際にリーマンショックも大恐慌も世界大戦も起きたのだから。その、もうどうしようもない、天が堕ちてくる、解決不能な事態、がいま訪れたということなのだろう。だめなときはみんな一気にだめになるんだから、気にせず限られたガソリン、最後の方で輸送網を支えられるかどうかに貢献したはずの備蓄まで使い切って、そしてその時までに封鎖が解除されていなかったらどうにもならずに死んでいくのがおすすめなのかもしれない。ハハッ。

影響力のあるアカウントが破滅的な予想を描き、政府は対策しろ、個人は備蓄しろ、自給自足能力を確保しろという。海運や化学業界、農家はその対策の実効性、実現性を否定する。国際政治の専門家、学者たちは神学論争状態。結果、合意が得られるのは「このままだと今月末に工場が不可逆的に停止し、甚大な被害を社会に与える」ということ、ただ一点だけ。投資家たちは備えよという。私には無理だと思えることを彼らはできるのだという。そのような態度こそが彼らを豊かにし成功させたのだろう。だから備えよ、備えられる、政治が動くよう働きかけよというのは、投資家特有の自信過剰で、実際には備えられること、対策できることなどほとんどない。数週間数カ月を耐えられ不要な備蓄などできるはずがない。“Death Stranding”に出てくるプレッパーたちのように備える覚悟があるのか? “Fallout”のようなシェルターでも作るのか? そんなふうに考えてしまう私には思いつけない、リーチできない方法を、きっと彼らは持っているのだろう。もし自分が生き延びたとしても、隣人は消えているかもしれない。二輪やロードバイク、PCを触っていられるような生活は戻らない。報道記者が言う通り、通貨高という防弾チョッキをアベノミクスやリフレで脱いだ非資源国は脆弱なのだから。追い詰められたらそのときはただ死ぬだけだでここまできたのならば、実際にそれが近づいた時には、その具体的なあり方について、考えなければならない。

朝、ゴミを出しながら、捨てる袋やゴミ自体があるのはあとどれだけだろうか、スーパーで買い物をしながら、この日常をあと何回繰り返せるだろうか、そんなことばかり考えている。

Posted by squeuei, licensed under CC BY 4.0 except where otherwise noted.