Hot for the Summer

最近の思考が「これからはインフレの時代だから欲しいものがあるなら(PCパーツ以外)は今が買い時」に支配されていてとても良くない。こんなんだから浪費ばかりする。iPhone、パワーメータ、スマートモニタ。もしかしたら四輪車と大型二輪も。待っていればいいものが安く買えるなどというナイーブな考え方は捨てろ。TanaxのSRSシリーズ スマートライドモニターは値上げするし、そもそも現行モデルは画面拡大や機能向上を名目に価格が上がっている。iPhoneはすでに値上がりした。四輪車も二輪車も「また欲しいけど」でためらってるうちに年々値上がりしている。とはいえ、悩んでいた支出をインフレで正当化している面があるのも事実だろう。

なにより、連日の猛暑だ。車内という狭い空間を快適にするために、効率の悪いガソリンの使い方をする四輪車のことが羨ましい、もとい、恨めしい日々が続いている。二輪車や自転車に乗っては、朦朧とした意識、頭痛とともに帰ってくることを繰り返し、いい加減学んだ結果として、ほとんどそれらに乗らない日々を過ごす。気候変動の専門家からすると、このような気候はもはや異常なものではなく、これからの正常であり、たとえ対策に乗り出したとしても、進行を抑える効果はあれど改善することはないのだという。専門家の言うことなのだから間違いはないのだろう。

それでも、駅前の駐車場を待つ車の列を見て、やっぱりこういう場面での四輪車は完全に馬鹿げていると強く思う。駐車場に入るために列をなし、車内はエアコンで涼しくて、長い間アイドリング運転して。私の自動車の欲しさは、このようなコントに付き合いたいという願望ではない。――しかし、それはいいとこ取りができる類のことなのか? 今の環境、今の気候、今の住居、今の職場、それが変わらないなら、そのような非効率と自動車の恩恵、両方を取るか、両方諦めるかのどちらかしか選べないのではないか? 車が欲しいという気持ちも嘘偽りであるか、費用対効果から真っ先に棄却されるべき愚策であるか、内実が伴わない空手形であるか、コミットメントを欠いた妄想であるか、そのどれかなのではないか。

地球温暖化をどうにかしたいなら、移動の自由、娯楽の自由、食事の自由、快適に暮らす自由を投げ打たなければならないのではないか。すでに排出されたCO2の働きは止まらない。温暖化を進め続ける。もう排出を止めても遅い。それでも何かをするとして、それでも何もしなかったのと大差のない、mass extinctionへ向かうしかないのではないか。(人類にとっての)世界の終末が、今まさに私たちの歩んでいるこれなのではないか。tipping pointを超えて、もう戻れないのではないか。PoNR。終わりのないpositive feedbackの始まり。そうだとしたら、私たちのセカイは、文明は、社会は、生活は、生命は、もう長くもたない。

私に何ができるのか、答えは一つだと感じる。そうすれば、世界がこれ以上壊れていくのを見なくて済む。資産も資源も無駄に消費しなくて済む。苦痛もない。わざわざ緩和策としての娯楽を探さずに済む。警報驚きもなくなる(静寂……静寂……)。